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宇都宮地方裁判所 昭和47年(ワ)370号 判決 1975年8月29日

原告

稲川栄

ほか三名

被告

小久保弘

ほか一名

主文

一  被告らは連帯して原告稲川栄に対し金六〇万円、同稲川ヒサに対し金三〇万円、同稲川叔子に対し金六〇六万五、六八〇円、同稲川陽子に対し金九一三万一、三六〇円及び右各金員に対する昭和四七年九月一六日から支払ずみに至るまで年五分の割合による金員を支払え。

二  原告稲川栄、同稲川ヒサ、同稲川陽子のその余の請求を棄却する。

三  訴訟費用は被告らの負担とする。

四  この判決は第一項に限り仮に執行することができる。

事実

第一当事者の求めた裁判

一  請求の趣旨

1  被告らは、連帯して原告稲川栄に対し金一〇九万二、五二〇円、同稲川ヒサに対し金三〇万円、同稲川叔子に対し金六〇六万五、六八〇円、同稲川陽子に対し金一、〇一三万一、三六〇円及びこれに対する昭和四七年九月一六日から各支払ずみに至るまで年五分の割合による金員を支払え。

2  訴訟費用は被告らの負担とする。

3  仮執行宣言。

二  請求の趣旨に対する答弁

1  原告の請求を棄却する。

2  訴訟費用は原告らの負担とする。

第二当事者の主張

一  請求原因

1  事故の発生

訴外亡稲川均は次の交通事故により死亡した。

(一) 発生日時 昭和四六年八月二一日午前四時二五分ころ

(二) 発生場所 真岡市八木岡三二八番地の一先国道二九四号線上

(三) 加害車両 大型貨物自動車(栃一せ九二八六号。以下本件加害車という)

(四) 右保有者 被告小久保弘

(五) 右運転者 被告小河原三朗

(六) 被害車両 普通貨物自動車(栃一は四二四三号。以下被害車という。)

(七) 右所有者 訴外亡稲川均

(八) 右運転者 同右

(九) 右同乗者 原告稲川ヒサ

(一〇) 事故の態様

被告小河原三朗は本件加害車を運転し国道二九四号線を茨城県下館市方面から栃木県真岡市方面に向つて進行し、本件事故現場のカーブ地点に差し掛つた際、スリツプし、加害車の右側後部と反対方向から進行してきた訴外亡稲川均運転の被害車の右側前部とが激突した。

2  結果

右の事故により、訴外亡稲川均は頭部外傷等により即死した。

3  責任原因

(一) 被告小久保弘の責任

(1) 被告小久保弘は、本件加害車を自己のために運行の用に供していたものであるから、自賠法三条により、本件事故によつて訴外亡稲川均の被つた損害を賠償する責任がある。

(2) 被告小久保弘の従業員であつた被告小河原三朗が、被告小久保弘の営む建材業のため本件加害車を運転して砂利を運搬し、その帰路右被告小河原三朗の過失により本件事故を発生させたものであるから、被告小久保弘は本件事故により原告稲川栄の被つた物的損害についても民法七一五条により賠償の責任がある。

(二) 被告小河原三朗の過失

被告小河原三朗は前記日時ころ、本件加害車を運転して本件事故現場に差し掛つたが、右事故現場は幅員八・四メートルのアスフアルト舗装道路であつて、左に急カーブしていて見通しが悪く、しかも当時小雨模様で路面がスリツプし易い状態にあつたのであるから、かかる場合自動車運転者は通行区分に従い運転することはもとより適宜減速し事故の発生を未然に防止すべき注意義務があつたところである。

しかるに右小河原三朗は本件加害車を漫然時速五〇キロメートルの速度で、しかもセンターラインを越えて運転した過失により、たまたま反対方向から進行してきた本件被害車を至近距離に発見し、衝突の危険を感じ、急ブレーキをかけるとともに左にハンドルを切つたが及ばず、車体後部がスリツプし、加害車の後部を対向車線上に突き出させ右被害車がこれに衝突したものである。

よつて、被告小河原三朗は民法七〇九条により、訴外亡稲川均及び原告稲川栄の被つた損害を賠償すべき責任がある。

4  損害

(一) 訴外亡稲川均の逸失利益 金一、五七九万七、〇四〇円

右計算の根拠は次のとおりである。

(1) 事故当時の年令満三一歳(昭和一五年四月二八日生)

(2) 年収

同訴外人は、事故当時ダンプ三台(四トン車一台、二トン車二台)を所有し、主として運送業を営んでいたが、その年収は必要経費を差し引いても金一二〇万円を下らない。

(3) 年間生活費 金三六万円

(4) 年間純利益 金八四万円

(5) 就労可能年数 六三歳まで三二年間

(6) ホフマン式計算による係数一八・八〇六

(7) 逸失利益総額

八四万円×一八・八〇六=一、五七九万七、〇四〇円

(二) 原告稲川叔子は右訴外人の妻として、原告稲川陽子は子としてそれぞれその法定相続分に応じ、右損害賠償請求権を相続した。

原告稲川叔子 金五二六万五、六八〇円

同稲川陽子 金一、〇五三万一、三六〇円

(三) 原告らの慰藉料

原告稲川栄(父)金一〇〇万円

同稲川ヒサ(母)金一〇〇万円

同稲川叔子(妻)金二〇〇万円

同稲川陽子(長女)金二〇〇万円

(四) 葬儀費用 金三〇万円

右費用は原告稲川栄が負担した。

(五) 本件被害車の修繕費用 金四九万二、五二〇円

右修理費用は原告稲川栄が負担することになつている。

5  損害の填補

原告らは本件事故に基づく自賠責による保険金として金五〇〇万円を受領したので次のように充当する。

原告稲川栄 金七〇万円

同稲川ヒサ 金七〇万円

同稲川叔子 金一二〇万円

同稲川陽子 金二四〇万円

6  結論

被告らは連帯して

原告稲川栄に対し金一〇九万二、五二〇円

同稲川ヒサに対し金三〇万円

同稲川叔子に対し金六〇六万五、六八〇円

同稲川陽子に対し金一、〇一三万一、三六〇円

及びこれに対する訴状送達の翌日である昭和四七年九月一六日から各支払ずみに至るまで民法所定の年五分の割合による遅延損害金の支払いを求める。

二  被告小久保弘の請求原因に対する認否

1  請求原因第1項の事実は認める。

2  同第2項の事実は認める。

3  同第3項の事実中、被告小久保弘が本件加害車の保有者であり、建材業を営んでいるものであること、本件事故当時被告小河原三朗がその従業員であつたこと、同被告が右業務のため本件加害車で砂利を運搬し、その帰路本件事故が発生したものであること、本件事故現場が幅員約八・四メートル、見通しの悪い急カーブであることは認めるが、その余の事実は不知、被告小久保弘に賠償の責任があることは争う。

本件事故につき被告小河原三朗の過失に関する事実は不知。

4  同第4項の事実は不知。

5  同第5項の事実中、原告らが自賠責保険による金五〇〇万円の保険金を受領したことは認めるが、充当関係は不知。

6  同第6項は争う。

三  被告小河原三朗の請求原因に対する認否

1  請求原因第1項の事実は認める。

2  同第2項の事実は認める。

3  同第3項の事実中、本件事故現場が幅員約八・四メートル、見通しの悪い急カーブをなしていること、事故当時降雨のためスリツプし易い状態にあつたこと、被告小河原三朗がハンドルを左に切つたこと、これにより本件加害車の後部が右側にスリツプし、本件被害車に衝突したことは認めるが、その余の事実は否認する。

なお、本件加害車は時速約四〇キロメートル位で進行していたものである。

4  同第4項の事実は不知。

5  同第5項の事実中、原告らが自賠責保険により金五〇〇万円の保険金を受領したことは認めるが、充当関係は不知。

6  同第6項は争う。

四  被告小久保弘の抗弁

被告小河原三朗が本件加害車を時速約四〇キロメートルで運転し、本件事故現場に差し掛つた際、折から対向してきた訴外亡稲川均運転の本件被害車がセンターラインを越えて進行してきたので、これと衝突を避けるべくとつさにハンドルを左に切つたところ、路面が濡れていて加害車の後部が右横にスリツプして被害車と衝突したものである。

したがつて、訴外亡稲川均運転の本件被害車が進路右側(対向車線)を進行した過失も本件事故発生の一因をなしているものというべく、損害額の算定にあたり、右訴外人の過失を斟酌すべきである。

五  抗弁に対する原告らの認否

抗弁事実は否認する。

第三証拠〔略〕

理由

一  事故の発生

請求原因第1項、第2項の事実は当事者間に争いがない。

二  責任原因

1  被告小河原三朗の責任

(一)  本件事故現場の状況

〔証拠略〕によれば、本件事故現場は下館市方面から真岡市方面に通ずる国道二九四号線上であつて、右道路は全幅員約八・五メートル(有効幅員約六・五メートル)のアスフアルト舗装道路であり、事故現場付近において真岡市方面に向つて左に急カーブしており、カーブの内側には人家、塀及び竹林等が存在するため対向車は互に見通しが困難な状況にあること、右カーブ付近にはセンターラインの表示はないがこれに相当する地点にほぼ一〇メートル間隔に鋲が埋設されていること、事故当時小雨模様のため道路は濡れていてスリツプし易い状況にあつたことが認められる。

(二)  本件加害車の進行状況

〔証拠略〕によれば、被告小河原三朗は建材業を営む被告小久保弘の運転者として稼働していたものであるが、本件事故当日本件加害車に砂利を積載し、下館市に運搬するため午前一時過ぎころ矢板市を出発し、目的地でこれを降ろして、再び矢板市に戻るため、本件国道二九四号線を北進し、午前四時二五分ころ本件事故現場付近に差し掛つたこと、そして、右事故現場付近は左に急カーブしており見通しも困難であつたにもかゝわらず、被告小河原三朗は、早朝のため交通量の少ないことから気を許し本件加害車を減速することなく漫然時速約五〇キロメートルで且つセンターラインを越えて進行していたところ、前方約二四メートルの地点に本件被害車が対向してくるのを認め、衝突の危険を感じハンドルを左に切つて避けんとしたが、当時降雨中のため路面が濡れていた事情も加つてスリツプし、右加害車の車体は該道路に横向きとなり、その後部はセンターラインを越えて対向車線を遮ぎることとなつた。その結果右被害車はこれを避ける暇もなく、その右側前部を右加害車の右側後部に激突せしめたことが認められる。

右認定に反する〔証拠略〕は措信しない。

(三)  以上認定の事実によれば、本件事故現場付近は左に急カーブしていて見通しが悪く、当時小雨模様でスリツプし易い状況にあつたのであるから、本件加害車の運転者たる被告小河原三朗は、対向車の有無に注意し、センターラインを越えないよう運転することはもとより、適宜減速して急制動、急ハンドル等の操作を避け、事故の発生を未然に防止すべき義務があつたところである。

しかるに、被告小河原三朗は、前記のとおりこれらの義務を怠つた過失があり、これにより本件事故が惹起されたものというべきである。

よつて、同被告は、民法第七〇九条により訴外亡稲川均らが本件事故によつて被つた損害を賠償すべき義務がある。

2  被告小久保弘の責任

被告小久保弘が本件加害車の所有者であることは当事者間に争いがなく、同被告のため、被告小河原三朗が右加害車を運行の用に供していたことは前記認定のとおりであるから、被告小久保弘は自賠法第三条により、訴外亡稲川均らが本件事故によつて被つた損害を賠償すべき義務がある。

三  過失割合

被告小久保弘は、本件被害車の運転者たる訴外亡稲川均はセンターラインを越えて進行していた過失があると主張するけれども、これに照応する〔証拠略〕によつてはこれを認めるに十分でなく、他にこれを認めるに足りる証拠はない。

よつて、被告小久保弘の右主張は採用しない。

四  損害

1  訴外亡稲川均の逸失利益

〔証拠略〕によれば、訴外亡稲川均は昭和一五年四月二八日生の男子であつて、本件事故当時三一年三ケ月の年令に達していたことが認められる。

しかして、〔証拠略〕を総合すると、訴外亡稲川均は、事故当時冷凍車二台を含む貨物自動車三台を所有し、運転者二、三名を雇入れて主としてブロイラーの輸送等の運送業務に従事していたものであるが、その営業実績からみて右自動車の原価償却費、ガソリン代、人件費等の経費を差し引いても、なお一ケ月平均金一〇万円を下らない純益を挙げ得たものと認められる。

したがつて、訴外亡稲川均の得べかりし利益は少なくとも月額金一〇万円を下らないものと認めるのが相当である。

そして、右訴外人の就労可能年数はその職種に鑑み満六三歳に達するまでの三二年間と認めるのを相当とし、同訴外人の家庭的立場、その年令、職業、収入等を考慮するとその生活費は月収の三割と認めるのが相当である。

そうすると、同訴外人の得べかりし利益は月額金七万円であり、三二年間にわたる該金額からホフマン式計算方法による民法所定年五分の割合による中間利息を控除すると、金一、五七九万七、〇四〇円となること算数上明白である。

(84万円×18.806=1,579万7,040円)

2  原告稲川叔子、同稲川陽子の相続

相続に争いのない〔証拠略〕によれば、原告稲川叔子が訴外亡稲川均の妻であり、原告稲川陽子が長女であることが認められるから、同原告らは右訴外人の損害賠償請求権を相続分に応じて次のとおり相続したものと認められる。

原告稲川叔子 金五二六万五、六八〇円

同稲川陽子 金一、〇五三万一、三六〇円

3  原告らの慰藉料

原告稲川叔子が訴外亡稲川均の妻であり、原告稲川陽子が長女であることは前記認定のとおりであり、〔証拠略〕によれば、原告稲川栄、同稲川ヒサはその父、母であることが認められる。

しかして、訴外亡稲川均が右原告らと同居し一家の支柱として稼働していたこと前記認定のとおりであるから、本件事故により家族である原告らの被つた精神的苦痛は著しいものと認め得べく、その他本件事故の態様等諸般の事情を斟酌すると、原告らの精神的苦痛を慰藉するには原告稲川叔子につき金二〇〇万円、同稲川陽子、同稲川栄、同稲川ヒサにつき各金一〇〇万円をもつてするのが相当と認められる。

4  葬儀費用

〔証拠略〕によれば、訴外亡稲川均の葬儀関係費用として原告稲川栄が金五〇万円を超える金額を支出していることが認められる。しかしながら訴外亡稲川均の年令、職業、収入、社会的地位等を考慮すると右金員中金三〇万円を超える部分は本件事故と相当因果関係あるものと認めることはできない。

よつて、原告稲川栄が被告らに請求し得る金額は金三〇万円と認める。

5  被害車の修繕費用

〔証拠略〕によれば、本件被害車は本件事故によりその前部を大破し、これを修繕のため見積らしたところその費用が金四九万二、五二〇円と計算されたこと、これがため、原告稲川栄は右被害車の修繕をあきらめ、破損車両のまゝ金三万円をもつて売却処分したことが認められる。

しからば、右被害車の損傷による損害を訴外亡稲川均の積極的損害として主張するのは格別であるが、原告稲川栄がその修繕費用を負担することを前提として、被告らに対しその請求をすることは許されないものというべきである。

6  自賠責保険金の控除

原告らが本件事故により自賠責保険金五〇〇万円を受領したこと、右金員は原告稲川栄、同稲川ヒサにおいて各金七〇万円、原告稲川叔子において金一二〇万円、原告陽子において金二四〇万円を受領しそれぞれの前記債務に充当したことは原告らの自認するところである。

7  よつて、原告稲川栄は前記3、4の合計金一三〇万円から右自賠責保険金七〇万円を控除した金六〇万円、原告稲川ヒサは前記3の金一〇〇万円から右自賠責保険金七〇万円を控除した金三〇万円、原告稲川叔子は前記1ないし3の合計金七二六万五、六八〇円から右自賠責保険金一二〇万円を控除した金六〇六万五、六八〇円、原告稲川陽子は前記1ないし3の合計金一、一五三万一、三六〇円から右自賠責保険金二四〇万円を控除した金九一三万一、三六〇円のそれぞれ損害賠償請求権を取得したこととなる。

五  結論

そうすると、被告らは連帯して原告らに対し右各金員及びこれに対する訴状送達の翌日たること記録上明白な昭和四七年九月一六日から各支払ずみに至るまで民法所定年五分の割合による遅延損害金を支払う義務がある。

よつて、原告らの本訴請求は右の限度においてそれぞれ理由があるものとして認容し、原告稲川栄、同稲川ヒサ、同稲川陽子のその余の請求は失当として棄却することとし、訴訟費用の負担につき民事訴訟法第八九条、第九二条、第九三条を、仮執行の宣言につき同法第一九六条を各適用して主文のとおり判決する。

(裁判官 新海順次)

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